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80年代 活気があった京都の大学の授業風景

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80年代の大学キャンパスは、とにかくどこも学生数が多くて活気にあふれていました。

高校時代の友達の通っていた大学も、みんな同じような感じでしたね。

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大講義室

春4月、授業がスタートすると広い大講義室は学生でいっぱいでした。

最初、先生がマイクを使って話すのが驚きでしたね。

また、高校時代まで『プリント』と言っていたものが、いきなり『レジュメ』という言い方に代わったのも新鮮でした。

今では考えられないことですが教室の外に灰皿が置いてあり、ベンチに座って学生がプカプカ煙草をふかしていました。

1回生はほぼ20歳未満だよ(怒)

 

学生は、五月の連休明けくらいから少しづつ減り始めました。

大講義室は後ろの席から順に座っていくので、後ろはいっぱいで前のほう空いていました。多分そこはいつの時代も同じです。

出席を取る先生の時は最悪でした。

みんなサボる時は友達に頼むから、出席を取る意味なんてホントはなかったと思うんですが…(笑)

出席表に学籍番号と名前を書くだけならいいのですが、何人分も代返を頼まれて声優ばりに声を変えて返事している人もいましたね。

みんなが笑ってるのに先生が気づいてないのがまた可笑しくて、笑いをこらえるのに必死でした。

もしかしたら、先生は気づいていても気づいていないふりをしていたのかもしれませんね。

 

小講義室

小さい教室でする語学やゼミなどの授業は、そういう訳にもいかないのでみんな真剣だったようです。

小テストがあったり、あてられたりするので大変でした。

何回まで休めるとか数えていましたね。

1/3までは休めたと思います。けっこう緩いですよね(笑)

それでも、出席が足りなくて留年するクラスメートも、必ず何人かはいました。

 

そういえば語学の教科書の訳本が学外のお店で売られていました。

雑で汚い手書きのコピー本でしたが、結構役に立ってくれてありがたかったです。

ルール違反なんですが、私のまわりではみんな持ってましたね…(笑)

もちろん私も!

 

80年代の授業風景

もちろん大講義室の授業に限ってですが、退屈な授業の時は友達と話したりする声があちこちでしていました。

ただし面白い授業は静かでしたね。

当時の学生はバイトしてたり遊んでいたりして、大学に来ない人も結構多かったように思います。

だから基本的に、授業に出ているのは、真面目に勉強しようという学生でした。

ザワザワしている授業とシーンとしている授業ははっきり分かれていましたが、不真面目な学生はそもそも大学には来ていなかったのです。

 

それから先生によっては、授業の終わりに感想やまとめを書かせていました。

こちらの方が、いい加減な(笑)出席表よりよっぽど効果的だったのではないかと思います。

 

授業態度の変化

京都の大学に勤めている友人に聞いた話ですが、今の学生は「とにかく出席」だそうです。

前期とか後期の半期で2単位を取れる「セメスタ」がほとんどで、出席数が成績に含まれるからということのようです。

でもその結果、大学に通ってくる学生は多くても、「私語が多くザワザワしていてやりにくい」と感じている先生も多いとか…。

また、寝ていたりスマホをさわっている学生も多いそうです。

 

私たちが学生だった頃も、ルーズリーフの切れ端にメモとか書いて回したりしていましたよね。

授業を抜けて遊びに行ったことも何度もありました。

良くないことなのに、なぜかそういうことほど懐かしく覚えているから不思議です。

 

大学時代はいろいろなものに興味を持つ年齢。

特にバブル時代の大学生は、見るもの聞くもの全てを吸収しようとするエネルギーがすごく大きかったように思います。

親や大学側も“遊びやバイトも勉強のうち”くらいのおおらかさがあり、細かいことをゴチャゴチャ言いませんでした。

 

政治的なことや社会を変えようみたいなこともほとんどなく、学生の売り手市場で就職の心配もあまりしなくていい、平和で穏やかでそして面白い時代だったと思います。

 

 

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